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佐賀城本丸歴史館

(さがじょう ほんまる れきしかん)

幕末の鼓動が蘇る本丸御殿体験

幕末佐賀の歴史を体感

佐賀城本丸歴史館は、幕末から明治維新期にかけて日本の近代化を支えた佐賀藩の歴史をわかりやすく学ぶことができる歴史施設です。佐賀城跡に復元された本丸御殿の中に設けられた施設であり、歴史資料や映像展示、体験型の展示などを通して、佐賀藩が果たした役割や当時の人々の暮らし、科学技術の発展などを詳しく知ることができます。歴史館の建物そのものも大きな見どころで、木造復元建物としては全国最大級の規模を誇り、江戸時代の御殿建築の雰囲気を体感できる貴重な場所となっています。

幕末佐賀の歴史を体感できる歴史館

佐賀城本丸歴史館は、幕末から明治維新にかけて活躍した佐賀藩の人物や科学技術の発展について学べる歴史博物館として整備されました。佐賀藩は、西洋の科学技術や軍事技術をいち早く取り入れ、日本の近代化に大きく貢献した藩として知られています。館内では、反射炉や大砲の製造、蒸気船の建造など、当時としては最先端だった技術の展示が行われており、佐賀藩がいかに進んだ技術力を持っていたかを理解することができます。

また、鍋島直正をはじめとする藩主や、幕末に活躍した佐賀出身の人物についても詳しく紹介されています。映像や模型、解説パネルなどが充実しており、歴史に詳しくない人でも分かりやすく楽しめる内容になっています。さらに、ボランティアガイドによる解説や、週末に行われる歴史演劇なども人気があり、訪れる人々に当時の歴史をより身近に感じさせてくれます。

本丸御殿の復元と建物の魅力

佐賀城本丸歴史館がある本丸御殿は、日本で初めて本丸御殿を木造で復元した建物として知られています。復元された御殿は約2,500平方メートルもの広さがあり、広い畳の部屋や長い廊下、格式の高い書院造の部屋などが再現されています。実際に御殿の内部を歩きながら見学できるため、江戸時代の大名の生活や城の役割を体感することができます。

特に、本丸御殿の奥にある「御座間」は藩主の居室として使われていた部屋で、格式の高い造りが特徴です。この部屋は一度別の場所に移築されていましたが、本丸御殿の復元に伴って元の場所に戻され、現在は当時の姿を再現した貴重な建物として公開されています。

佐賀城の歴史

戦国時代から江戸時代まで

佐賀城は、もともと戦国時代に肥前国の戦国大名である龍造寺隆信が居城としていた村中城を基に築かれた城です。龍造寺氏は肥前地方で大きな勢力を持っていましたが、1584年に隆信が戦死した後、家臣であった鍋島直茂が実権を握るようになりました。その後、江戸時代に入ってから本格的な城の改修が行われ、現在の佐賀城の形が整えられました。

城の改修は1602年に始まり、鍋島勝茂によって1611年に完成しました。佐賀城は江戸時代を通して佐賀藩鍋島氏の居城として使用され、藩の政治の中心地として重要な役割を果たしました。しかし、城は火災に何度も見舞われ、1726年や1835年の火災で本丸の建物が焼失しました。その後再建された建物の一部が現在まで残っています。

「沈み城」と呼ばれた理由

佐賀城は平坦な土地に築かれた平城であり、石垣ではなく土塁を中心とした城でした。城の周囲には幅50メートル以上もある広い堀が巡らされており、防御力の高い構造になっていました。また、城内が外から見えないように、土塁の上にはマツやクスノキなどの木が植えられていました。

さらに、外堀が幾重にも巡らされており、敵が攻めてきた場合には多布施川から水を引き入れて城の周囲を水で満たし、敵の侵入を防ぐ仕組みがありました。このように城が水や堀に囲まれていたことや、樹木に覆われて城が見えにくかったことから、佐賀城は「沈み城」と呼ばれるようになりました。また、城の形が亀の甲羅のように見えたことから「亀甲城」とも呼ばれていました。

明治時代以降の佐賀城

佐賀の乱と城の焼失

明治時代初期の1874年、佐賀の乱と呼ばれる反乱が起こり、佐賀城は反乱軍に占拠されました。この戦いによって城の建物の多くが焼失してしまいました。現在も残っている鯱の門には、この戦いで受けた弾痕が残っており、当時の激しい戦いの様子を今に伝えています。

その後、城跡には学校や県庁などの公共施設が建てられ、佐賀県の政治や行政の中心地として利用されるようになりました。鯱の門と続櫓は貴重な歴史的建造物として保存され、現在では国の重要文化財に指定されています。

佐賀城公園として整備された現在の城跡

現在、佐賀城跡は佐賀城公園として整備され、市民の憩いの場や観光地として親しまれています。復元された東堀や土塁なども整備され、かつての城の姿を感じることができます。本丸御殿は佐賀城本丸歴史館として公開され、佐賀の歴史を学ぶことができる施設となっています。

また、二の丸跡には佐賀県庁や博物館、美術館、学校などの公共施設が建ち並び、現在でも佐賀県の中心地として重要な役割を果たしています。歴史と現代の街並みが共存している点も、佐賀城周辺の大きな特徴といえるでしょう。

佐賀城の建築と見どころ

鯱の門と続櫓

佐賀城の本丸表門である鯱の門は、1836年に再建された建物で、屋根の上に青銅製の鯱が取り付けられていることからこの名前が付けられました。門の柱や壁には、佐賀の乱の際に受けた弾痕が現在も残っており、歴史的に非常に貴重な建物となっています。続櫓とともに国の重要文化財に指定されています。

天守閣の構造と発掘調査

佐賀城の天守は享保年間の火災で焼失してしまい、その後再建されることはありませんでした。しかし、近年の発掘調査や文献調査によって、天守の構造が少しずつ明らかになってきました。天守は外観が四重屋根でありながら、内部は五階建てという特徴的な構造だったと考えられています。また、一階部分は書院造の建物だったと推定されており、城の天守としては珍しい構造だったことが分かっています。

天守は小倉城を参考にして建てられたと考えられており、当時の城郭建築の技術や文化を知る上でも重要な存在です。現在は天守台のみが残っており、城の歴史を伝える貴重な史跡となっています。

佐賀城本丸歴史館と城跡を訪れる魅力

佐賀城本丸歴史館と佐賀城跡は、歴史を学びながら散策も楽しめる観光地です。広い堀や土塁、門や櫓などの歴史的建造物を見学しながら、江戸時代の城の構造や城下町の様子を想像することができます。また、春には桜が咲き、季節ごとに美しい景色を楽しむことができる公園としても人気があります。

佐賀城は戦国時代から江戸時代、明治時代、そして現代まで続く長い歴史を持つ城です。本丸御殿の復元によって当時の姿がよみがえり、歴史を体感できる貴重な場所となっています。佐賀を訪れた際には、ぜひ佐賀城本丸歴史館と佐賀城跡をゆっくりと見学し、幕末から近代へと進んだ佐賀の歴史に触れてみてください。

Information

名称
佐賀城本丸歴史館
(さがじょう ほんまる れきしかん)
リンク
公式サイト
住所
佐賀県佐賀市城内2丁目18-1
電話番号
0952-41-7550
営業時間

9:30~18:00

定休日

12月29日~1月1日
※その他 臨時休館日あり

料金

無料

駐車場
無料 120台
アクセス

JR佐賀駅から佐賀城跡方面行「博物館前」バス停で下車

佐賀大和ICから佐賀市街地方面へ約25分

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