佐賀県のおすすめご当地情報をご紹介。佐賀県には嬉野温泉、武雄温泉、熊野神社などの観光スポット、有田陶器市、八朔、唐津くんちなどの観光イベント、かまぼこ、だご汁、イカの塩辛などのご当地グルメがあります。
佐賀県は稲作発祥の地といわれており、それを示す縄文時代の史跡などが残されています。鎌倉時代から戦国時代にかけて多くの氏族が地頭としていましたが、江戸時代には鍋島氏が支配するようになりました。
佐賀藩は長崎に近いため海外の情報に明るく、反射炉や蒸気機関車模型なども制作する技術を持ち、初めてパンを焼いたのも佐賀藩といわれています。明治維新後には日本赤十字の創設者の佐野常民など、社会に貢献する人物などを多く輩出したことで知られています。
佐賀県にはそうした歴史を感じることができる史跡や博物館などがあり、人気の観光スポットとなっています。
佐賀県は有田焼や唐津焼、志田焼、黒牟田焼、多々良焼、肥前吉田焼など、焼き物が多く作られた県で、特に佐賀県有田町を中心に焼かれる有田焼は経済産業大臣指定伝統工芸品にも選ばれ、現在でも人気のある焼き物のひとつです。
佐賀県西松浦郡有田町にある有田ポーセリンパークでは有田焼の絵付けを体験することができます。観光の思い出に、自分だけの焼き物を作るのもいいでしょう。
日本三大美肌の湯である嬉野温泉や、楼門と新館が国の重要文化財に指定されている武雄温泉などがあります。それぞれ特徴のある温泉ですから、自分にあった温泉を選んで旅の疲れを癒やすことができます。
また、天然記念物になっている動植物もあります。伊万里湾はカブトガニ生息地になっており、佐賀県嬉野市嬉野町不動山地区にある嬉野の大チャノキは茶の大木で樹齢は300年になるといいます。
食の楽しみも見逃せません。黒毛和種の和牛である佐賀牛は厳しい基準を満たした仙台牛に続いて全国2番目の超高級銘柄牛肉で、県内にはその高級牛肉を味わうことができる店舗が点在しています。
武雄温泉駅の北西、蓬莱山麓に湧く、約1200年前に開湯の古湯。 伝説によると神功皇后が凱旋の途、太刀の柄で岩を一突きしたところ、たちどころに湯が湧き出たと言われており、よって昔は柄崎温泉と呼ばれていた。 蓬莱山の麓に湧くことから蓬莱泉とも呼ばれていたという。 豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に、負傷兵士の湯治場として利用したといわれる。 江戸時代は街道の宿場町としても栄え、幕末には長崎を往来した勤皇志士や文人らが盛んにこの湯を訪れたという。 著名な人物を挙げると、佐賀藩城主の鍋島氏、江戸時代初期には伊達政宗、宮本武蔵が、また幕末にはシーボルト、吉田松陰らが入湯したといわれる。 現在は温泉街の...»
京都の伏見稲荷大社と茨城の笠間稲荷神社と共に「日本三大稲荷」の一つとして知られ、衣食住を守る神様です。 年間約300万人もの参拝者が訪れ、九州では福岡の太宰府天満宮に次いで多い参拝者数です。 美しい極彩色の漆で仕上げられた本殿、神楽殿、楼門は、「鎮西日光(ちんぜいにっこう:九州の日光東照宮)」と称されるほど立派です。本殿の先には奥の院へ向かう朱色の鳥居が続き、奥の院からは有明海までの絶景を一望することができます。 境内には神社にゆかりのある宝物が展示されている博物館もあります。四季折々の自然が豊かなため、春には桜が境内を彩り、秋には紅葉したモミジやイチョウが美しい風景を作り出します。また...»
幕末から明治維新期にかけて、日本の近代化を牽引した佐賀藩の歴史を存分に楽しむことができます。 佐賀城本丸歴史館は、その時代を分かりやすく伝えるために設立された歴史博物館です。 本丸御殿の遺構を保護しながら、日本で初めて本丸御殿を復元したことで知られており、約2,500平方メートルの広さを誇っています。館内では、佐賀藩の科学技術や偉人たちなど、幕末から明治維新期にかけての佐賀の役割をわかりやすく紹介しています。 この館は木造復元建物としては全国最大級の規模を誇り、当時の雰囲気を存分に味わうことができる魅力的な空間です。また、常駐のボランティアガイドによる解説や週末に行われる演劇なども大変人...»
17世紀以降、ヨーロッパの王侯貴族を魅了し、世界の陶磁器にも大きな影響を与えた有田焼の里にあるドイツのツヴィンガー宮殿を再現した「酒・器」のテーマパークです。有田焼をメインに紹介する施設で、有田焼のギャラリーでの展示だけでなく、工房で下絵付けや手びねり、ロクロの陶芸体験ができます。 ポーセリンパークのシンボルとも言える建物「ツヴィンガー宮殿」は、18世紀初頭のドイツ・バロック建築の華やかさを再現しています。忠実に再現された宮殿は、見る者を魅了する美しさです。 宮殿アートギャラリーでは、初期伊万里や古伊万里・柿右衛門・鍋島藩の窯様式など、江戸時代から明治時代の最盛期までの数多くの作品が展示さ...»
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵には、国の特別史跡「吉野ヶ里遺跡」があります。この遺跡は、弥生時代最大級の環濠集落で、2重の堀に囲まれ、2000基以上のかめ棺墓や楼観、高床式の倉などが発掘されています。 また、楼観や竪穴式住居、高床式倉庫などが復元され、発掘品の展示館もあります。 遺跡内では、弥生時代の大規模な環壕集落を約100棟の復元建物で再現しており、魏志倭人伝に伝えられる邪馬台国を思わせる風景が広がっています。まるで弥生時代にタイムトリップしたかのような感覚を味わえます。 建物の内部では当時の様子が再現され、弥生時代の衣装を着て回ることもできます。また、毎日「勾...»
自然が生み出した神秘的な景勝地であり、国の天然記念物に指定されています。この場所は玄界灘(げんかいなだ)として知られる荒々しい波が玄武岩を浸食し形成した海蝕洞(洞窟)です。断崖が深くえぐられ、その名の通り7つの洞窟が並んでおり、自然の驚異を感じさせてくれます。 岩肌が柱のように規則正しく並ぶ様子は柱状節理と呼ばれ、溶岩が冷え固まる際に収縮してできます。最も大きな洞窟は、入り口の幅が3メートルで奥行きは110メートルあります。波の状態が良ければ遊覧船で中に入ることもできます。 この地は約1.5kmにわたり、柱状節理によってできた洞窟が特徴で、「七ツ釜」と名付けられていますが、実際には7つ以上...»
忍者や江戸時代のテーマを中心にした歴史体験型のテーマパークです。総敷地面積は75,000平方メートルで、江戸時代の長崎街道を再現していて、ガマの油売りや南京玉すだれなどの大道芸、そして葉隠忍者による忍者ショーが行われています。 園内には、関所、代官所、忍者屋敷、芝居小屋、からくり時計台など、施設数は60に及びます。園内では南京玉すだれやガマの油売りなどの大道芸パフォーマンス、葉隠忍者による迫力満点の「はがくれ忍者ショー」が楽しめます。また、忍者の衣装に着替えて手裏剣や吹き矢の体験もできます。占い師、天明閣(手相占い)なども人気です。 江戸時代の魅力あふれる雰囲気を存分に味わうことができます...»
舞鶴公園内にある「唐津城」(舞鶴城)は、唐津市の象徴とも言える街のシンボルであり、舞鶴橋から見上げると美しい姿が広がります。 天守閣からの眺めも素晴らしく、虹の松原や鏡山の風光明媚な「松浦潟」の壮大な景色を一望することができます。 城の築城は慶長13年(1608年)で、初代 唐津藩 藩主である寺沢志摩守広高によって7年の歳月をかけて建てられました。唐津城は満島山と呼ばれる陸続きの島に位置し、海と川に囲まれたこの満島山を本丸としていました。城内には石垣と濠がめぐらされていたと伝えられています。 明治4年(1871年)に廃藩置県が行われ、唐津城は廃城となり、その本丸跡地は舞鶴公園となりました...»
明治時代の佐賀の実業家、伊丹弥太郎(イタミヤタロウ)の別邸と庭園は、「九年庵」として、平成7年(1995)、国の名勝に指定されました。98坪の別邸は、明治25年(1892)につくられ、庭園は、九州で茶室や築庭において並ぶものなしといわれた名人、久留米のほとり和尚に委託し、明治33年(1900年)から九年の歳月をかけて築いたものです。別邸は、入母屋葦葺き(イリオモヤヨシブキ)の屋根に杉皮の腰張り(スギカワノコシバリ)の土壁、竹格子の連小窓(レンコマド)や真竹を用いた濡縁など、材質、色感、意匠、構造などのすべてに、細心かつ充分な吟味が加え、茶室と書院の様式を折衷した近代和風の数寄屋建築です。庭園は...»
清水川の上流部に位置し、嘉瀬川に流入する祇園川の支流には、高さ75メートル、幅13メートルの美しい滝があります。この滝は別名「珠簾(たますだれ)の滝」とも呼ばれ、清流が豪快に落ちて垂直な崖を形成しています。 その迫力と同時に、美しさも感じられる場所です。滝のそばには碑があり、これは肥前国主6代鍋島宗教公が重病にかかった際、滝に打たれて凍死した藩士倉永清雄を讃えたものです。この碑は天明7年(1787年)に建立されました。当時からこの滝での身を清める儀式が行われるようになったと言われています。 古くから観世音菩薩信仰で有名なこの滝には、滝壺の入口に位置する清水観音宝寺院があり、滝の水を受ける儀...»
唐津湾の海浜に広がる松原は、国の特別名勝に指定されています。三保の松原や気比の松原とともに、日本三大松原の一つとして数えられています。 また、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、かおり風景100選、日本の道100選にも選ばれています。 この松原は玄海国定公園の一部であり、幅約500m、長さ約4.5kmにわたって、約100万本のクロマツの林が弧状に広がっています。総面積は約216ヘクタールです。また、海水浴場にも隣接していることでも知られています。 歴史 この松原の歴史は非常に古く、17世紀初頭にさかのぼります。唐津藩の初代藩主である寺沢広高が、新田開発の一環として、当時の自然林から防...»
鏡山は、標高284mの山で、この山は山頂の展望台からは唐津湾や虹の松原などの素晴らしい景色を一望することができます。 昼間は美しい自然の風景を満喫できます。佐賀ならではの透明度の高い海や緑豊かな島々の美しさは圧巻です。特に、この展望台から望むことができる虹の松原は地元でも人気で評判です。夜には星空や街のイルミネーションが広がり、神秘的な魅力に圧倒されます。 また、桜やつつじの名所でもあり、春になると約4kmの登山道が桜のトンネルとなります。 鏡山 標高284mの山で、頂上が平らな形状をしています。そのため、どの角度から見ても美しい台形の山として知られています。別名として領巾振山(ひれふ...»
武雄神社は、市内で最も古い神社であり、武雄五社大明神とも呼ばれています。 神社の裏手には、樹齢3000年の「武雄の大楠」と呼ばれる巨木があり、武雄神社の御神木として崇められています。 この神社は平安時代に創建された荘厳な雰囲気を醸し出しており、御船山の山腹に位置しています。武内宿袮を祀っており、源頼朝が戦勝祈願をした場所としても知られています。 大楠 武雄神社の奥には、樹齢3000年の大楠が立っており、その樹根の中には天神様が祭られています。この大楠の根の周りは約26メートル、高さは約27メートルと非常に大きく、その姿を見るだけで心が震えるような厳かな気持ちにさせられます。ぜひ一度訪れ...»
茶畑に囲まれた美しい田園地帯に位置する温泉です。温泉街には旅館が沿道に立ち並び、静かで落ち着いた雰囲気が漂っています。 嬉野温泉は、武雄温泉とともに佐賀県を代表する温泉地です。この温泉地は「日本三大美肌の湯・嬉野温泉」という名前でも知られています。 泉質 泉質はナトリウム・炭酸水素塩・塩化物泉であり、美肌に効果があるとされています。美肌に効果がある重曹泉で、入浴後は肌がつるつるとしていることが特徴です。この泉質は温泉評論家の藤田聡によって「日本三大美肌の湯」として選ばれています(他の2つは斐乃上温泉と喜連川温泉)。 温泉街 嬉野温泉の温泉街は、町の中心部に位置し、九州でも有数の大きな...»
花とリスをテーマにした自然に囲まれた森の遊園地です。動物たちに餌をあげたり、観覧車やメルヘン列車、てんとう虫コースター、メリーゴーランドなどのアトラクションで遊んだりして、一日中飽きることなく楽しむことができます!可愛らしい動物たちとふれあいながら、楽しいメルヘン村で一緒に遊びましょう! ミニ動物園でウサギやヤギ、モルモットにエサをあげてみましょう。また、お弁当持ち込み自由で、家族全員で楽しめる遊園地です。メルヘン村のシンボルである巨大なリスのすべり台は、「日本一大きなリスのオブジェ」として日本一ネットに認定されました。 屋内施設も充実しており、雨の日でも楽しむことができます。晴れた日には...»
武雄市のシンボルである御船山の南西麓に位置する敷地面積は15万坪にも及ぶ巨大な日本庭園です。池泉回遊式庭園で、ツツジと紅葉の名所です。 庭園の造成には3年の歳月がかけられ、びます。春には5000本の桜、20万本のつつじ、樹齢170年の大藤などが順番に花を咲かせ、季節の色彩を鮮やかに彩ります。毎年、3月下旬から5月上旬にかけて花まつりが開催され、多くの人々が訪れます。また、秋にはカエデの群生や大モミジなどが紅や橙、黄色に染まり、紅葉の名所として知られています。 御船山とは、神功皇后が新羅征伐から帰還した際に「御船」をつないだことに由来しています。御船山は、その姿が唐船に似ていることから「唐船...»
この建築物は辰野金吾による和風建築の一例であり、現存する数少ないものの一つです。建築物は公衆浴場として使用されましたが、老朽化などの理由により、1973年に休館しました。 歴史的な経緯として、辰野金吾が設計したこの建物は、1914年11月20日に上棟し、翌1915年4月12日に完成しました。 建物は地上2階建ての入母屋造りで、延べ床面積は409.5平方メートルです。正面には玄関車寄があり、木造の二階建ての主体部が中心に配置されています。また、背面には八角形の大浴場や大正天皇のために作られた浴室もあります。 2000年には、創建当時の姿に忠実に復元することが決定し、2003年に復元工事が完...»
九州最大の体験型自然科学博物館です。展示は5つのゾーンから成り、宇宙の発見、地球の発見、佐賀の発見、科学のおもちゃ箱、こどもの広場があります。また、最新のプラネタリウムや天文台も備えています。 地球発見ゾーンでは「リニアモーターカー」など、子どもたちが楽しめる展示があります。一方、宇宙発見ゾーンでは「宇宙トレーナー」など、大人も楽しめる展示があります。さまざまな体験型展示が用意されています。 各ゾーンでは科学教室やサイエンスショーも行われています。訪れた人々は楽しみながら科学に触れることができます。...»
玄界灘の水平線にしずむ夕日と田植えの前後(4~5月)の棚田が赤く映えて美しい。...»
古湯温泉は、佐賀駅から北方に約20km、標高200mの山間に位置しています。昭和41年7月に厚生省から「古湯・熊の川温泉郷」として国民保養温泉地に指定されました。この温泉は歴史も古く、画家の青木繁やアララギ派の総帥として知られる歌人の齋藤茂吉など、日本歌壇の著名な先生方が訪れ、創作の地としても知られています。 また、熊の川温泉は、大同元年(806年)に僧侶の空海が唐から帰国し、全国を巡る旅の途中で弘仁12年(821年)にこの地を訪れた際、水鳥が温泉に浸かる姿を目撃し、温泉の存在を発見したと伝えられています。古湯温泉はこのような由緒ある温泉地として知られています。...»
大川内という場所は、お殿様も愛した陶器の里です。秘窯の里大川内は、美しい山水画のような風景と卓越した焼物文化が息づいています。江戸時代には、佐賀藩鍋島家の御用窯として、最高品質の磁器「鍋島」が生産されていました。現在でも30の窯元が伝統の製法を守り、その技術を次世代に受け継いでいます。 大川内山には、「鍋島藩窯公園」と呼ばれる場所があります。この公園では、製陶の秘法が守られた関所やお経石窯、清原窯などの登り窯跡、陶工の家などが見事に再現されています。山道を進むと、古い窯跡やさまざまな磁器のオブジェがあり、静かな街並みと自然と調和しています。特におすすめなのは、伊万里焼の風鈴が奏でる「めおとし...»
九州各地の古陶磁と現代作家の作品を体系的に展示。中でも輸出伊万里101点を一堂に展示した蒲原コレクションは圧巻。他に陶片類や製作技法も紹介。展示点数1,300(常設)点。 九州陶磁文化館の概要 九州陶磁文化館は、日本の陶磁器文化を広く紹介するために設立された博物館で、特に九州地方の陶磁器の歴史と技術に焦点を当てています。博物館は、九州地方の豊かな陶磁器の伝統を保存し、次世代に伝える役割を果たしており、観光客や研究者にとって重要な施設です。 設立と目的 九州陶磁文化館は、1990年に設立されました。その目的は、九州地方に伝わる陶磁器の歴史的背景や技術、芸術性を広く紹介することです。博物館...»
南フランスの田舎町のような雰囲気を体験することができる、自然と動物に親しむことができるテーマパークです。 広大な敷地内には、ウマ、乳牛、鶏、ウサギなどが飼育されている牧場や広場、家畜小屋、ワイン展示館、パン工房、おみやげ屋、レストランなどがあり、自然に触れることもできます。 広大な牧草地ではのんびりと過ごすことができ、アスレチック、草スキー、ローラースケート、アーチェリー、乗馬、乳搾り、バター作りなど様々なレジャー体験ができます。 山の上にはヤギとふれあえる動物館があり、小動物館ではかわいいハムスターやモルモットと触れ合うことができます。また、ふれあい広場では、えさやりや乗馬体験ができ、...»
見帰りの滝は、落差100メートルで九州で最も落差のある滝として知られています。日本の滝百選にも選ばれています。 滝は左伊岐佐川という松浦川の支流に位置しており、滝の右岸には不動尊、十一面観音、地蔵尊があり、すぐ下流にはしぶき橋やあじさい橋が架かっています。滝周辺は見帰りの滝公園として整備されており、様々な角度から滝を眺めることができます。 春には桜、夏には深緑、秋には紅葉と、季節ごとに滝を美しく彩ります。特に初夏の6月から7月にかけてのアジサイは美しい花を咲かせ見ごたえがあります。ブルー、ピンク、紫など50種類約40,000株ものアジサイが九州一の迫力ある滝と見事な風景を演出します。 こ...»
昭和17年に、3万坪の土地に1万本の梅の木が植えられ、その隣に如蘭塾が建てられました。如蘭塾は、日本と満州国の友好を促進するために建設された施設です。御船山の東側に広がる約16万5,000平方メートルの敷地では、2月中旬から3月上旬にかけて「一目1万本」と呼ばれる1万本の梅の花が美しく咲き誇ります。期間中は茶屋もオープンし、名物の梅野花餅も大人気です。 また、5月下旬には「うめ~ランド」というイベントが開催され、多くの人々が梅を摘みに訪れます。...»
慧洲園は、九州随一と称される美しい純日本庭園で、広さは約4千坪です。この庭園は、足立美術館やボストン美術館などで名園を作り上げ「昭和の小堀遠州」と称された中根金作の純日本庭園による傑作。御船山と茶畑を背景に、激しい水の流れと多様な植え込みが壮大な景観を創り出しています。 慧洲園は昭和55年に築庭されました。約2000tの石を使用した石組みや大小の滝、季節によって彩られる美しい花々や茶畑が、見事な庭園の美を演出し、訪れる人々の心を和ませます。庭園は回遊形式で約20〜30分で1周することができます。 庭園の中には、陽光美術館が浮かぶように建っています。この美術館では、日本磁器の発祥地である佐賀...»
多久4代領主多久茂文が教育の振興と領民に「敬の心」を育むために建てた孔子廟で、国の重要文化財に指定されている。平成20年に創建300年を迎えた。聖廟創建以来毎年春と秋の年2回、孔子をまつる伝統行事「釈菜(せきさい)」が開催される。孔子は、菅原道真と同じく、学問の神様として崇められていました。その日は聖廟内が一般公開される。【創建年代】1708 孔子の里・多久聖廟の概要 孔子の里・多久聖廟は、佐賀県多久市に位置する、孔子を祀る重要な歴史的施設です。この聖廟は、孔子の教えを尊び、その功績を称えるために建立されました。孔子は中国の古代哲学者で、儒教の創始者として広く知られています。 歴史的背景...»
日本では、有明海と八代海の一部にしか棲んでいないと言われる水陸両生魚であるムツゴロウ。有明海の珍味の代表格でもあり、そのユニークな外見に反して味は絶品。旬は5月から9月にかけてで、一般的な食べ方は蒲焼である。生きたままのムツゴロウの口から串を差し込み、裏表ともに素焼きにしてから、ウナギの蒲焼き用のタレに浸しては何度も焼きをくり返す。真っ黒に焼き上がったムツゴロウは、身がほどよくしまっており、頭から尾まで丸かじり出来るところが醍醐味。ウナギよりも美味しいという観光客も多い。 佐賀県の有明海は、干潮時に干潟が広がることで知られています。その中で生息するムツゴロウは有明海と八代海の一部にしか見られ...»
「松浦漬け」は、鯨の上あご(鼻筋)の軟骨「かぶら骨」を、細く刻み、水にさらして脂を抜いた後に、甘く調味された酒粕に漬け込まれた呼子特有の銘産品。以前は非常に難しいとされていたが、長年の試行錯誤の結果、酒粕特有の風味を保ちつつ、長期保存が出来るようになったという。そんな伝統の製法と味が受け継がれた逸品は、軟骨独特のコリコリとした食感と、酒粕の芳醇な香りが特徴的で、ご飯のおかずやお酒の肴に最適!缶詰としも販売されており、贈答用としても好評を博している。...»
シシリアンライスの発祥は、昭和50年ごろ、佐賀市中心の商店街の喫茶店で誕生したとされている。作り方はいたってシンプルで1枚のお皿に炊き立てごはん+炒めたお肉+サラダ+最後にマヨネーズが基本形である。シシリアンライスの由来は、諸説いろいろあるが、佐賀のお隣の長崎に「トルコライス」というメニューがあるが、実は「トルコ」という国のお隣に「シリア」という国があり、佐賀と長崎がお隣であることから、長崎トルコライスに対抗してシリアからシリア…シシリア…シシリアンライス…と変わって行き名づけられたのではないか?と多くの喫茶店のマスターは言う。...»
店舗販売と地方発送で1日に2万から3万個が売れるという唐津市を代表するファストフードが”ギョロッケ”。スケソウダラのすり身に細かく刻んだ玉ねぎとニンジンを混ぜ、カレー粉で味付けしたものをよく練り、パン粉衣をつけて揚げたものだ。ご飯やお弁当のおかずにはもちろん、濃いめのカレー味がビールによくあうと、つまみとしても評判が高いようだ。唐津市内の老舗蒲鉾店が2代に渡って作り続けており、唐津市民にはすっかりお馴染みの味わい。20年近く変わっていないという1枚80円というリーズナブルな値段も嬉しい。 藤川蒲鉾本店は昭和初年代に商品化しました。最初は「ハイカラ天」や「カレー天」、「パン粉天」と呼ばれました...»
佐賀・呼子のレストランでは、地元で水揚げされるイカの活き造りが主力メニュー。まさに鮮度が命の料理である。ところが、イカは生のままでは水揚げしてから1日も持たない繊細な魚介で季節や天候によって、どうしても余ってしまう事もあった。余ったからとはいえこのまま無駄にはしたくない、イカから新たな製品を生み出そうと、料理人は新たな商品作りをはじめた。そして何回も試行錯誤を重ねた結果、完成したのが「いかしゅうまい」である。蒸しあげると、華のように開き見栄えがよく食感もおもしろい。...»
佐賀県唐津市呼子町の名産である“呼子のイカ”は、決して漁獲量の多さから有名になった訳ではない。傷みやすく扱いにくかったイカを、活きたまま持ち帰ることに成功したことで全国に名を知られるようになったのだ。新鮮なイカが名産の町で“イカの塩辛”が名物となるのは自然の流れだろう。市内の多くの飲食店で親しまれ、柚子の香りが利いた塩辛やサザエの入ったものなど、それぞれ趣向を凝らす。新鮮さを生かし、さらりと食べれる一品から、ねっとりと熟成させた逸品まであり、塩辛を巡る旅も楽しそうだ。...»
「日本三大朝市」の一つといわれる「呼子朝市」。200メートルほどの通りに、新鮮な魚介類や直売の野菜などが所狭しと並んでいる。その朝市の食べ歩きグルメとして人気があるのが“クジラかつ”である。クジラの赤身から筋を丁寧に取り除き、白身魚のすり身をあわせて下味をつけた後に小麦粉をまぶして揚げる。クジラの旨みがジューシーに味わえ、臭みがなく、冷めても脂っぽさを感じないさっぱりとした味。「呼子朝市」を訪れた際には、ぜひ食べてみて欲しい。...»
古くから貴重なタンパク源として食べられてきたクジラ。佐賀県唐津では江戸時代から明治時代初めにかけて捕鯨で栄えた歴史が刻まれ、市内にはかつての捕鯨基地が残り、鯨捕りの民謡が唄い継がれる。食文化でもその伝統は伝えられ、今でも刺身をはじめ、竜田揚げや、やわらかくなるまでじっくり煮込んだ郷土料理“大和煮”が楽しまれている。また、ファーストフード感覚で親しまれる“鯨カツ”や、鯨の軟骨を粕漬けにした日本珍味五種のひとつ“松浦漬”などは、観光客にも人気を博している。...»
「日本三大朝市」のひとつとして名高い「呼子朝市」でうまれた“イカバーガー”は、平成14年に呼子で開催された「全国朝市サミット」にあわせて、地元の商工会青年部とそのOBが開発したご当地B級グルメ。はさみこんだパティには、みじん切りのイカと白子が混ぜてあり、バンズには佐賀県産小麦粉で作る“イカまんじゅう”の生地を使って、もっちりとした食感に仕上げてある。イカの旨みをいかしたご当地バーガーをぜひ味わってみて欲しい。...»
昔から佐賀のおやつとして親しまれているお菓子。小麦粉と白玉粉を混ぜて茹でた生地に、あんこを入れて平たく延ばし、黒砂糖をまぶして食べる。農作業の合間のおやつとして食べられていた。「ゆでだご」は「ゆでだんご」がなまった言葉で、小麦粉と黒砂糖を使ったお菓子のこと。「平だこ」と呼ばれることもある。...»
里芋の一種「みずいも」を使う酢の物で、夏場の日常食。地域によっては「ずいき」と呼びばれ、干して保存をした物を使用したりもする。ひんやりと冷やして食べるとおいしい。ミズイモの皮をむいて二杯酢や三杯酢で漬ける料理で、夏の日常食として日頃から食べられており、“佐賀の夏の味”として地元では愛されている。...»
里芋、ゴボウ、コンニャクなどが入った実だくさんの汁物。日常の集まりでも、お祝いでも食べるが、昔は、祝いの時には鶏肉を入れ、仏事には椎茸、ゴボウで味を出した。結婚式などのおめでたい席では小豆を入れる地域もある。9月1日に田んぼにお酒をふって稲の実入りを誉めてまわる「田ほめ」という行事がある。昔は、この時に、田のあぜにゴザを敷き、のっぺい汁や塩さば、ちくわ、てんぷら等を食べた。基里地区では今も行われている。...»
ムツゴロウを使った押し寿司。季節や家によって異なるが、須古米を使ったすし飯をもろふたに広げ、ムツゴロウをはじめとした有明海の魚介類、山の幸などの具材を彩り豊かに盛りつけ、へらを使って切り分ける。白石町須古地区に古くからある料理で、お祭りや祝いの席でふるまわれる。須古の代々の領主の愛護に応えた領民が、領主への感謝の心を込めて「すし」をつくって献上したと伝えられ、藩政時代から今日まで各家庭の味として受け継がれてきた。...»
鹿島地方に古くから伝わる冬の保存食。鮒を生きたまま昆布で巻き、大根と共に一昼夜煮込む。佐賀平野には農業用水路や貯水用として堀がはり巡らされている。秋に水を抜く「堀干し」をするが、その際に獲れる鮒が使われる。おくんちなどのハレの日に食べる。鹿島市では、毎年、二十日正月の前日、恵比寿様、大黒様にお供えするための鮒を売る「ふな市」が開催される。これは300 年以上続く伝統行事となっている。...»
氏神の祭り、おくんち(お九日)の定番のごちそう。ハレの日の行事食として振る舞われており、お正月にも食べる。九州では、「がめ煮」「筑前煮」など、県によって呼び名が異なるが、作り方はほぼ同じ。秀吉が朝鮮出兵の際に博多に宿営し、博多の入り江や沢にいたスッポンを野菜と煮て食べたが、スッポンは川亀または泥亀と呼んだことから、がめ煮という名になった。現在は、スッポンの代わりに鶏肉を使うようになったと言われる。...»
おくんちの席には欠かせない料理。県内全域で食べられているが、有田では10月のおくんちに、たくさんふかし、末広形の木枠で抜いたもので出されている。...»
佐賀で古くから伝わる素朴な味の郷土料理。麦作の盛んな佐賀県では、白米や茶粥など主食がない時の代用品としても食べてきた。当時の唯一の動物性タンパク質である鯨、ネギ、そして小麦粉を練り上げた素朴な麺が入った具沢山の汁物。だんごの形や食べる地域で、「つんきりだご」「のべだご」「ひらひぼ」などがある。突然の来客のもてなしや、慶事の宴会の席で食され、農家では、田植えや稲刈りの時の間食や夜食にもなった。...»
全国各地にあり「おろしなます」「かきあえ」「ぬたあえ」と呼ばれる、魚介類とダイコンやワカメなどを和えた料理。佐賀県では「かけ和え」「かけやぁ」と呼び、日常的なおかずのひとつとして年間で食べられている。 一方、お祭りなどのハレの日や田植えや収穫などの人がたくさん集まる時に欠かせない料理で、普段粗食の分、「お祭りの時だけでもいろいろな料理を」と振る舞われる料理のひとつでもあった。使う魚介類は、各家庭や季節、地域によって異なり、例えば有明海や玄界灘に近い地域ではイワシやサバ、アジ、堀やクリークの多い場所ではフナを使うこともある。特に脂がのったサバが水揚げされるようになる季節は、秋祭り頃のため、秋祭...»
干満の差約6メートル。沖合6キロメートルにわたる広大な干潟が出現する有明海(ありあけかい)は、日本でも有数の珍味の宝庫。「ムツゴロウ」や「ワラスボ」、「クチゾコ」、「赤貝」などを個性的な姿、形ですが、これが食べてみるとクセになりそうな美味。その秘密は干満の差。潮の満ち引きによって、川の栄養分をたっぷり取りこんでいるからなのです。おかげで有明海底の豊かな土壌では、魚介類がよく育つというわけです。名物ムツゴロウはハゼ科の魚。かば焼や刺身がおすすめです。舌ビラメの一種であるクチゾコは煮付けやバター焼がオーソドックス。またグロテスクだが食べると美味いワラスボには、味噌汁があいます。また酢みそに最適なウ...»
有明海沿岸を中心に、日常食として食べられていた。粉茶を入れて炊き込む。米が泳ぐようなさらさらな粥で、藩政時代の米の節約法として生まれたとされる。 お茶でご飯を炊いたかゆ「お茶がい」「お茶がゆ」。幕末時代、財政難に悩んだ佐賀藩第十代藩主鍋島直正が、「御飯粒ひとつも無駄にしてはならない」と質素倹約令を通達し、米の節約術として生まれたと言われている。特に使用人と居住をともにしていた商家では、前夜の冷やご飯と出がらしのお茶、粉茶を使った茶がゆを朝食に出し、多数の使用人をまかなっていたという。その後、有明海沿岸地域を中心に食習慣として根付き、戦後間もなくまでは日常食として家庭でも食べられていた。しかし...»
唐津市の旧浜玉町、七山村などのお祝いや憂いの時に、集落の人が共同で作ってきた郷土料理。煮くずれしやすい材料は使わず、水を多く入れて“ざぶざぶ”つくることから、なまって、“だぶ”と呼ばれるようになった。お祝いなどのハレの日は四角に、憂いなどのケの日には三角に切る。各家庭でも作り、ハレの日には、砂糖を使わない人もいる。 具だくさんの郷土料理として、唐津市浜崎地区に古くから伝わる郷土料理「だぶ」。そのユニークな名前ゆえ、一度聞いたら忘れられないという人が多い。名前の由来は、だし汁をたっぷり使って「さぶさぶ」作るところから訛って、「だぶ」になったと言われている。地域によっては、「ざぶ」「さぶ」「らぶ...»
呼子産のケンサキイカ(3月~9月)やアオリイカ(12月~3月)を手早く活きづくりにした職人の技が光る一品。1杯をさばく時間は30秒程度。この早技と新鮮さによって、一般的には白いイカの刺身が、透明でみずみずしく出来上がる。もともとケンサキイカは単価が低く、漁師からも敬遠されていたが、昭和48年にイカの活きづくりとゲソの天ぷらをセットにした商品が売り出され、来訪者の口コミで有名になっていった。呼子町では活きづくりの他にもイカ飯、イカの卵味噌汁など様々なイカ料理が楽しめる。...»
唐津市呼子と言えば“いか”と呼ばれるほど、玄海地区では、ケンサキイカ、ヤリイカ、アオリイカ、コウイカなど様々な種類のイカが水揚げされる。周辺の旅館や料理屋では、観光客のお目当てであるいか料理が振舞われる。今では全国的に有名となった、透き通ったいかの活き造りはこの呼子から広まったとされている。いかの中でも、5月~8月に旬を迎えるケンサキイカは甘みが強く歯ごたえも良い、刺身や煮つけ、シュウマイにすると美味しい。ビタミンB12、タンパク質、ナイアシンを多く含み、栄養価も申し分ない。...»