唐津湾の海浜に広がる松原は、国の特別名勝に指定されています。三保の松原や気比の松原とともに、日本三大松原の一つとして数えられています。
また、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、かおり風景100選、日本の道100選にも選ばれています。
この松原は玄海国定公園の一部であり、幅約500m、長さ約4.5kmにわたって、約100万本のクロマツの林が弧状に広がっています。総面積は約216ヘクタールです。また、海水浴場にも隣接していることでも知られています。
歴史
この松原の歴史は非常に古く、17世紀初頭にさかのぼります。唐津藩の初代藩主である寺沢広高が、新田開発の一環として、当時の自然林から防風林や防砂林としての植樹を行ったのが始まりです。この松原は藩主の保護のもとで厳しく管理され、伐採は死罪とされるなどの厳しい制限が課されていました。
寺沢広高は自分が特に愛している松が7本あると言ったとされていますが、具体的にどの松を指しているかは明らかにされていません。これは住民に対して、「もし自分が粗末にした松がその7本の中に含まれていたら」という思いを抱かせることで、すべての松を大切にするように心理的なプレッシャーをかけたと言われています。
この松原はかつて「二里松原」と呼ばれていましたが、明治時代に「虹の松原」と呼ばれるようになりました。ただし、なぜ呼称が変わったのかは明確ではありません。
1771年には「松原寄り(虹の松原一揆)」という農民の反乱が起きた場所としても知られています。
明治維新以降は国有林に編入され、現在は佐賀森林管理署が管理しています。松原のほぼ全域が保安林に指定されており、伐採は制限されています。
虹の松原 七不思議
虹の松原はまた、さまざまな不思議な伝説で知られています。
以下はその一部です:
豊臣秀吉とセミの声:豊臣秀吉が名護屋城へ向かう途中にこの松原を通った際、セミの声が騒々しかったために叱られたと伝えられます。それ以来、松原ではセミの声が途絶えたと言われています。
睨み松:秀吉が松原を通る際に、高い松が眺望を妨げたために一睨みしたと言われています。それ以降、その松は高くならない「睨み松」として知られています。
槍掛松:秀吉の軍隊が槍を立てかけた松があります。
クロマツばかりの松:虹の松原には約100万本の松がありますが、すべてがクロマツです。
塩分を含まない真水の井戸:松原の中には海岸に近い場所にありながら、塩分を含まない真水が湧き出る井戸が存在します。
松原の中心:松原の中心は、高島の東端と神集島の西端を結ぶ延長線上に位置しています。
蛇のいない松原:浜崎にある諏訪神社にまつられている諏訪姫の願いにより、松原には蛇が存在しないと言われています。
根上りの松:松原の南側、松浦川河口付近の千人塚砂丘に「根上りの松」と呼ばれる松があります。
なし
見学自由
JR:JR筑肥線 虹の松原駅は、松原の中程にあります
バス:唐津大手口バスセンターから昭和バス東唐津駅行き乗車、バス停シーサイド前下車
車:長崎自動車道多久ICから車で40分